資金繰り管理を通じて、会社のお金の未来を明快にし、
社長の経営判断を支えてきた多くの実績がございます。
| 会社名 | 合同会社Properly (読み:「プロパリー」) |
|---|---|
| 代表社員 | 佐藤 崇 |
| 代表者保有資格等 |
宅地建物取引士 令和3年度中小企業支援科目合格者(経営法務) 令和3年度中小企業支援科目合格者(中小企業経営・中小企業政策) |
| 本社所在地 | 東京都練馬区下石神井4丁目 |
| 設立 | 2010年8月 |
| 連絡先 |
E-mail: pro@shikinguri-meikai.com FAX: 050-3156-7384 |
慶應義塾大学商学部卒業後、北海道の大手税理士事務所に10年勤務。年商1,000万円から15億円規模の中小企業を担当し、中小企業の経理事情・資金繰り管理の実情を現場でつかみました。
その後、東証一部上場の投資会社にて中小企業の事業再生の現場へ。資金繰りが極限まで追い詰められた会社に入り、財務担当者として再生を支えました。
この経験が、私の仕事の核心です。「やっかいな数字を、社長から引き取る」——それが私の宣言であり、それを本当にやりきるための知見・経験・実績を、ここで得ました。資金繰りが苦しい会社の現場に入り込んで実務を回してきた人間は、日本にそうはいません。
2010年に中小企業専門の資金繰り管理を業として独立起業。現在に至ります。
「あ、これ似てるかも」と思ったら、ぜひご連絡ください。
かつては年商7〜8億円。競合先に押されて今は半分以下になっていた。相談に来られた時には、破産も視野に入っていた。弁護士を入れ、金融機関の借入をリスケして、資金繰り管理をスタートさせた。
粗利管理・在庫管理はよく機能していた。問題は別のところにあった——「どこかに売れるかもしれない」商品が倉庫を占拠し、資金を眠らせていた。倉庫代は高止まり。その商品はバーゲン特価でしか動かない。損益にも、資金繰りにも、貢献していない。
「売上を下げることへの抵抗」は、そう簡単には消えない。でも——「お金は、こうなっているんです」と数字で可視化した瞬間に、その壁は砕けた。
資金繰り管理・月次損益管理・現場別採算管理——この3つが経理担当者の退職と同時に壊滅状態になった。「全部引き受けます」と宣言して関与をスタート。緊急時には記帳代行(会計ソフトへの入力)も私が担った。「経理担当者が辞めた」そのピンチを、私が救える場合があります。
その後、素晴らしい経理担当者が見つかり、引き渡しが完了した。
現場採算管理は、予想外の方向に進んだ。数字の見える化がDX改革とうまく絡み、若い現場監督が自分の現場の採算を自分ごととして持つようになった。数字が現場に根付くと、金融機関との交渉も数段やりやすくなった。
なぜ独立してこの仕事を続けているのか。その答えがここにあります。
ここまでが、その日起きたことです(上の図参照)。着工・上棟が重なったために支払いが一時的に膨らんだ——それだけのことだった。でも「経験則で毎月の支払いを予測していた」ことで、誰も事前に気づけなかった。
私がやったのは、1物件ごとの工程を根拠にした資金予測の仕組みを作ることだった。元々、その経理担当者は能力が高かった。正しい体制が整うと、信頼はすぐに回復した。その後、工務店の業績も大きく伸びた。
資金繰り管理1つで、人が変わる。会社が変わる。
そのことを実感した、最初の原体験です。この仕事で独立しようと決めた瞬間でもありました。
最初の接点は、その電話だった。まず私がやったのは、資金繰り表を作ることだ。「すぐには倒産しない」を数字で示して、落ち着いて状況を見てもらうところから始めた。
売れない土地在庫を抱えていた。早急に処分すれば債務超過になる可能性もある。融資を途絶えさせないための行動は急務だった。資金繰り計画と事業計画書を作り、銀行に説明した。銀行の担当者はこう言った——「ここまで詳細に説明してくれて、状況がよくわかった。引き続き支援するから安心してくれ」。
資金不安が去ると、もともと販売力のある会社が本来の力を出し始めた。業績は大きく向上し、つい最近、2代目への事業承継を果たした。
「大丈夫、何とかなる」は一言も言わなかった。必要なのは精神論ではない。数字だった。
先を具体的に見せることで、不安は「やるべきことリスト」に変わる。それが経営者を前に向かせる——そのことに、深く感動した原体験です。
「佐藤さんが来てから、夜よく眠れるようになったみたいね」って妻に言われたんです。
1年前に(来夏の資金繰りが)わかって良かったです。動く決心ができました。
あんたはちゃんと資金繰りの地雷を説明してくれるから本当に助かってる。